駆 動 輪 。

その脚を、ゆっくりと前へ。

捨て猫①

 

「やっぱり冷えるわねぇ」

年が明けて半月程が経った今日、私は2年振りに静岡へと戻ってきて、今は休業中の工場を見てまわっていた。
経営難に陥り、合併の陰謀に巻き込まれ、資本援助と業務提携で経営難を脱出し、拠点を東京・佐倉長門工場に移管して・・・本当にこの2年は言葉通り“激動”なものだった。

それに対し、佐倉長門の最新・広大な設備と相反する形にある静岡の港町・清水に祖父が創業した清水製作所清水工場は、その経営が困窮した2年前から開店休業状態で、社内では「閉鎖」の声も噂されていた。
まぁ実際問題、閉鎖されず役所届出上は営業中となっている利益を産まない清水工場は、法人税や固定資産税で工場単体では赤字を計上し、少なからずとも経営の足を引っ張っているのも事実なのだが・・・。

それでも創業の地を手放すという決断は3代目を継いだ私には荷が重く、しかし経営者としてこの問題を放置するわけにも行かない私は、11月末に帝都電鉄の福山に話をもちかけた。
それから1ヶ月も経たないうちに帝都電鉄役員会から話が戻り、これからの事業計画を聞かされた時は驚いたが、それは清水製作所にとっても、帝都電鉄にとっても悪い話ではないことは明白で、ついに2019年度より清水工場の再稼動が決定した。

 

明日から再稼動に向けた設備点検や、今後必要になる設備の新設工事が始まる。が、その前に清水工場を目に焼き付けておきたいと思い、起工前の飲み会を早々と抜け出してきた。というより、もう陽が昇っているのだが。

「あれ、思ったより綺麗・・・?」

相当荒れ果てていると思っていた作業場だったが、機器類が少し錆ついているものの、思ったよりは綺麗な状態が保たれていた。これならすぐにでも操業できそうだ。しかし誰かが定期的に掃除でもしてくれていたのだろうか。でも入り口はしっかり施錠されていた。うーん・・・

「さて、次は裏の留置線・・・あら?」

f:id:tenousu-4472:20190118142448j:plain

 

作業場から裏の留置線へ続く扉を開けた私の目に、黒い鉄の塊が飛び込んできた。
2年もまともに操業していなかった工場に、なぜ蒸気機関車が止められているのか?しかもプレートこそ剥がされているが、大きなボイラーと3つの動輪から推測するにC62型蒸気機関車だと思われる。だが炭水車はない。機関車だけ?だとしたら誰が、なんの目的で、どうやって運んできたのか?

「・・・とっ捕まえて確認するしかないかぁ」

何かしら事情を知っているであろう福山が明日・・・というか今日やってくる。その時に洗いざらい説明してもらおう。今は考えるだけ無駄だ。そう割り切った私は機関車を横目にかつての詰所があった方へと歩いていった。