「ちょっとー、私のポーチしらない?」
家を出る時間ぎりぎりになって特別な時に使っていたポーチが見当たらないことに気づいた私は
洗面台で髭を剃る薫に聞いては見るものの、返事がない。
7年という月日はとても長い。かつては3ヶ月だけお世話になるつもりが気づけば半年を過ぎ、さらに生物的本能とでもいうのだろうか、性交をしてしまって以来、薫とは腐れ縁だ。
客観的にみれば付き合いの長い婚期を逃したカップルと思われても可笑しくはないが、別に私と薫は付き合っていないし、ただお互いが生きていく中で足りない欲求を補い合っているだけの関係である。それ以上でもそれ以下でもない、と自分自身に言い聞かせつつ、この同居生活を過ごしてきた。
話を元に戻そう。紛失したポーチだが、基本的に私が使った後に薫が片付けたことは間違いない。自分でいうのもアレだが、私は片づけが苦手だ。女子だから出来て当たり前とか言われてもそんなことは断じてない。自信をもち大きな声で「私は片付けが苦手だ」といえる。
それとは対照的に薫は軽度ではあるものの、散らかっているのが大嫌いな性格である。男だから実は気にしないタイプじゃないか等と言われても私が知ったことではない。とにかく常に綺麗でなければ嫌だというタイプだ。中学から現在に至るまで性格も価値観も身体も相性がいい私と薫だが、この点だけは不思議と相違がみられる。
つまり7年間で増えた私物を、良くも悪くも勝手に片付けるのは薫なわけで、収納場所は薫しか知らないのだ。
「ねー、私のポーチ!!」
クローゼットを漁りながら更に声を張るが返事はない。屍のようだ。
と、去年親戚の葬儀に着た喪服の奥に見覚えないショルダーバッグを捕らえた。古いデザインではあるが一度も使われた形跡がなく非常にきれいな状態だ。どこかで見たことがあるような気もするのだが思い出せない。ただ思い出せるのは同居がはじまった当時の荷物の中にはこんなバッグをもってきた覚えはない。すると同居開始以降に買ったものなのだろうが、思い出せる限りの記憶を辿っても買った覚えはない。かといって薫のものとは思えない。
「おい、もう出ないと新幹線間に合わないぞ」
「あ、うん.......すぐ行く。」
返事のない動く屍が支度を済ませたらしい。とりあえず見つからないポーチの代わりにこのバッグを使うことにして急いで荷物をまとめる。そんなに大荷物というわけではないので時間はかからない。
しかしながら薫はカッコイイ。成人式で再開するまでそんなこと一切思ったことなかったのに、いち早く東京に出て垢抜けたのか、それとも東京で何か悪い物でも食べてしまったのか、自分にあうオシャレという技を覚えたようで、特にこの3~4年は年齢と顔が一致してきたこともあって、完全な大人の男の風格がでていた。中学時代はオッサンだの言われていたのに。
(同居の話がなければきっと薫とゴールインしてたんだろうな.....)
玄関で普段より少し低めのヒールを履く。
(....でも同居してなきゃ薫の魅力に気づかなかったんだろうな..........)
なんて事を考えながら、玄関の鍵を閉める。念の為言っておくがココは薫のアパートであり、そして私は彼女でも奥さんでもないのだが。
新幹線の車内、浅木はずっと携帯電話に支線を落としていた。どうやらハマっている携帯ゲームがもうすぐクリアできるらしい。
同窓会には出来れば行きたくなかったのだが、一部の人間は僕と浅木の同居の話を知っているから、浅木が行くのに僕が行かないというのもいかがなものかと思った。てっきり浅木も行かないものだと思っていたからこれはまさにノーマークだった。
しかしながら浅木は美人である。中学ではテニス部部長ということもあって目立っていたし、高校では話を聞く限りモテていたようで。どちらかというと当時から子ギャル路線だった浅木は、若さという元気があった成人式前と比べると、東京の人混みに揉まれ、社会という沼にはまったようで、この7年で随分と変わった。大人しい女性という印象だ。控えめながらも確かな胸の膨らみと落ち着いた栗色の髪は肩甲骨あたりまで伸びていて、外に出れば通り過ぎる人はみな、浅木をみる。正直な話、一緒に歩いていて悪い気分ではない。
「そういえばお前、そのバッグ......」
と、口に出す寸前で一度とまる。浅木は携帯ゲームの攻略に夢中で、おそらくここで話しかけると色々と面倒なことになるだろう、という結論に至ると、言葉を飲み込んだ。まさか同窓会で浅木がそのバッグを使うとは思わなかったのだが、参加宣言といいこのバッグを使っているあたり、おそらくアレはもう気にしていないのだろう。
(女って強いなぁ.......)
そんなことを考えていると、新幹線はトンネルに入っていった。