駆 動 輪 。

その脚を、ゆっくりと前へ。

蒼き鋼の

気づけば8月も終盤でちゅうおう運転会参加者がレポを続々あげている最中ではありますが

喪失感がやばくて、おまけに初残暑と悪天候と寝不足で事実上カーニバルだよ!!

あとブログ書き直しです、普通に察してください。

忘れなければ是非更新したいところであります第10回プラレールひろばinちゅうおうのテーマはブルトレ祭りでした。

北斗星引退の秒読みが話題のこの夏に、プラレール東海道線および有名どころの寝台列車を揃えよう!ということで

3月の第9回運転会以降、参加者各々が指定されたブルトレを製作しました。

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14系客車 大窓タイプx6 小窓タイプx2

ワム80000に続いて2種目の日本車両は、これまた運転会に合わせたブルトレ客車となりました。

....ただブルトレ祭りと題しているだけであって、他の参加者の皆さんは何種類もの客車を製作し

1列車をフル編成で完成させている中、福遠さんはオハネ14のみ。カニもなければオハネフもありません。

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ブルトレ祭りの製作を引き受けたのは主催の雅さんをはじめ、関西勢ややる気のある関東勢・北海道勢といったところ.....

だったんですが、運転会が近づくにつれて進捗ダメです。の声が続々と。

主に関東や北海道の製作を引き受けた人たちが厳しいスケジュールとなれないフルスクラッチ工法に時間を取られたようで

ちらほらと「救済」と題して製作担当外の参加者が編成に組み込まれる客車の1両2両ほどをお手伝いするという事態が発生。

私は例の如く「海外車両で新作持ち込んで会場の隅でブヒブヒ言ってますかー」という協調性のNASAを全開放してましたが

流石に他の救済組みの手も足りないらしく、重い腰をあげて無慈悲したけど使い道がないプラレ博限定はやぶさ開封.....

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雅さん平塚君にご指導いただきつつ、オハネフからオハネ14を2両製作することになったのが7月下旬。

制作方法はいたって簡単。

オハネフの扉と車掌窓の部分を左右入替え、セットのカニから妻面を切取りオハネフ顔と入れ替え。

またそれに合わせて屋根もカニの屋根の一部を切取って瞬接+粉末で隙間を埋めました。(1両だけ諸事情でプラ板を加工しました。)

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8月の昭島プラレールスクエア!!!の頃には2両とも加工が終わっていたので、あとは自身の海外型を仕上げよう!!

....と、やることはやったぞ!!!感に浸っていた矢先に主催の雅さんからメッセージが飛んできました。

「おい福遠、みずほやるぞ。」

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昭島プラレールスクエア!!!も終わってちゅうおう運転会まで1週間ちょっとしかない状況で突然の製作宣言。

それも製作予定予定になかった"みずほ"を基本+付属編成で作るという無茶振りに福遠さん既に困窮。

「基本編成は俺が作る。付属編成の救援を求む」と言われ、ここから少し紆余曲折して

最終的に”みずほにおけるオハネ8両すべてを製作”という形で話がまとまり(?)オハネ量産計画が持ち上がりました。

他の人同様にフルスクラッチで客車を作る技量も時間もないので

仕方なくクローゼットの肥やしになっていたプラレ博限定のはやぶさ5本、トワイライト3本を持ち出して

1両の製作単価2000円という超高級オハネを1日2両ペースで製作。

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それでも切継ぎ断面に納得がいかなかったり、体調不良の関係で製作日程は遅延の嵐。

皆さんより一足先に静岡入りし挨拶回りやお墓参りを済ませつつ、実家でも作業は続きました。

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さらに運転会設営の夜、そして運転会1日目の夜は雅さん宅で最終調整と塗装。

雅さんにアドバイスを頂きつつ、こだまさんに表面処理の仕方をご指導いただき、1000番台さんのエアブラシ技術に唸りつつ(笑)

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そんなこんなで(確か)運転会2日目には完成しお披露目となりました。

運転会中は6両がみずほとして編成を組まれ、2両は諸事情で急遽不参加になってしまった平塚君の穴を埋める形で

ぺこり君の客車と混結し、富士として編成が組まれました。(多分)

そして運転会期間中徹夜続きだった雅さんこだまさんと揃って会場内爆睡芸をかましました()

先日北本で無茶難題を押し付けた結果といいますか、因果応報とでもいうべきでしょうか....

時間と体力の限界を尽くした今回の改造でしたが、また色んな技術を学ぶ事ができました。

ご指導頂いた雅さんこだまさん1000番台さん平塚君、本当にありがとうございました。

そして、ちゅうおう運転会の記事をかけず8月を終えることになりました.、とさ........(笑)